【特別記事】 話題のHPVワクチンと保険者ができる施策
子宮頸がんなどを防ぐHPVワクチン。先日厚生労働省が積極的勧奨再開の審議を始めたことが話題となっています。
参考:https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000208910_00031.html
日本では小学校6年生から高校1年生までの女子が無料で打てる定期接種となっていますが、2013年に国が積極的勧奨を差し控えてから接種率は激減していました。
この記事では改めてHPVや子宮頸がんについて考えるとともに、保険者が取り組める施策もご紹介します。
目次[非表示]
- 1.HPVワクチンとは
- 2.HPVワクチン接種率が低い世代への影響
- 3.保険者ができること
- 4.おわりに
HPVワクチンとは
日本では年間約10,000人の人が罹患、約3,000人死亡する子宮頸がん。他のがんと比べて若年層での罹患が多く、20-30代でもリスクがあることが特徴です。子宮頸がんのほとんどの原因となるのはHPV(ヒトパピローマウイルス)というウイルスの感染です。このHPVは女性だけに関係するウイルスではなく、子宮頸がんの他にも中咽頭がん、陰茎がん、肛門がん、膣がん、外陰がん、尖圭コンジローマなどを引き起こします。
HPV感染を予防するHPVワクチンは2006年から世界中で幅広く使用されています。
日本では2009年に承認され、2013年4月より小学校6年生~高校1年生の女子を対象に定期接種化されました。
しかし、接種後の副反応がメディア等で大きく話題となったことから、同年6月には積極的勧奨が差し控えられました。それ以前は7割以上あった接種率は急激に落ち込み、近年は1%未満にとどまっています。諸外国と比較してとても低い水準です。
(日本におけるHPVワクチン接種率)
参考:Yagi, A., Ueda, Y., Nakagawa, S., Ikeda, S., Tanaka, Y., Sekine, M., . . . Kimura, T. (2020). Potential for cervical cancer incidence and death resulting from Japan’s current policy of prolonged suspension of its governmental recommendation of the HPV vaccine. Scientific Reports, 10(1). doi:10.1038/s41598-020-73106-z
各国のワクチン接種率(2019年)
左:高所得国、右:低中所得国
青:3回目接種、黄:1回目接種
日本は左のグラフ中の下から2番目
参考:Bruni, L., Saura-Lázaro, A., Montoliu, A., Brotons, M., Alemany, L., Diallo, M. S., Afsar, O. Z., LaMontagne, D. S., Mosina, L., Contreras, M., Velandia-González, M., Pastore, R., Gacic-Dobo, M., & Bloem, P. (2021). HPV vaccination introduction worldwide and WHO and UNICEF estimates of national HPV immunization coverage 2010–2019. Preventive Medicine, 144, 106399. https://doi.org/10.1016/j.ypmed.2020.106399
HPVワクチン接種率が低い世代への影響
昨年発表された論文によると、接種率が約70%に維持された場合と比較して、HPVワクチンの積極的勧奨の中止により1994年から2007年の間に生まれた女性では一生涯のうちに24,600~27,300人多く子宮頸がんに罹患し、5,000~5,700人多く子宮頸がんにより死亡すると予測されています。また、この状況が続くと今後50年間(2020~69年)で子宮頸がんによる予防可能な死亡が9,300~10,800人発生することも推定されています。
一方で、接種率の向上により状況が改善されることも見込まれています。
A. 想定される10万人あたりの罹患者数の推移
B. 想定される10万人あたりの死亡者数の推移
紫:全くHPVワクチン接種が行われない場合
オレンジ:接種率が1%未満にとどまった場合
グレー:2020-2025年にかけて接種率が70%まで向上した場合
黄:2020年に接種率が70%まで向上した場合
水色:2020年に接種率が70%まで向上し、13-20歳の未接種者の50%で接種が行われた場合
黄緑:接種率低下が起こっていなかった場合
ピンク:2020年に接種率が70%まで向上し、13-20歳の未接種者の50%で9価ワクチン接種が行われた場合
参考:Simms, K. T., Hanley, S. J., Smith, M. A., Keane, A., & Canfell, K. (2020). Impact of HPV vaccine hesitancy on cervical cancer in Japan: A modelling study. The Lancet Public Health, 5(4). https://doi.org/10.1016/s2468-2667(20)30010-4
保険者ができること
今回の厚生労働省によるHPVワクチン積極的勧奨再開の審議を受け、保険者としては何ができるのでしょうか。
施策の主なターゲットはこれから定期接種の対象になる世代、そして2013年の積極的勧奨差し控えにより接種できなかった世代が挙げられます。これから定期接種の対象になる世代は被扶養者となるため、多くの保険者様では積極的勧奨差し控えにより接種できなかった被保険者への対策が中心になるかと思います。
被保険者への施策は2種類考えられます。子宮頸がん検診の推進と、打てなかった人へのHPVワクチン接種のサポートです。
検診の推進
検診の費用補助を行なっている保険者様はぜひ検診受診を促進させましょう。行っていない保険者様は市町村が実施している検診への受診勧奨を行うことも有効です。
JMDCではどちらのタイプの保険者様でも使用していただけるような「子宮頸がん検診受診勧奨通知」をご用意しております。
(子宮頸がん検診受診勧奨通知の紙面サンプル)
一方で、特に若年層・働き盛りの世代では子宮頸がん検診に抵抗があったり、検診を受ける機会を逃してしまったりする加入者の方もいらっしゃいます。そうした方には自己採取型HPV検査の導入により、自身のリスクを知るだけでなく自分の健康に関心を持ってもらうといった方法も効果的です。
JMDCはシミックヘルスケア・インスティテュート株式会社の「SelCheck パピア」とコラボして、自己採取型HPV検査の提供を始めています。また、JMDCにレセプトデータをご提供いただくことで、自己採取型HPV検査を実施した対象者がその後医療機関を受診したかどうかを検証することも可能です。
SelCheck パピア
HPVワクチン接種のサポート
HPVワクチンの副反応に関する根拠のない情報がメディアやSNSで出回っていることで、ワクチンに対して抵抗感や不信感がある人が多いのが事実です。こういった方々にまずは正しい情報を提供することが大切です。JMDCが提供しているICTツール「Pep Up」内の健康記事では、HPVや子宮頸がんに関する情報を発信しています。
また、一部の先進的な保険者様ではHPVワクチン接種の費用補助も行われているようです。
2価ワクチン(サーバリックス)は3回接種で5万円程度、より予防効果が高い9価ワクチン(シルガード9)は3回接種で10万円程度の費用がかかるため、自己負担では厳しいのが現状です。HPVワクチンは特に若年層が対象で経済的な負担は大きなハードルとなるため、費用補助を行うことで接種を推進することができるでしょう。
ここでは接種できなかった被保険者への対策を中心に考えてきましたが、これから接種する世代に対しても保険者ができることはあります。HPVワクチン接種の意思決定には保護者の考えが大きく関わっているため、保護者への正しい情報を提供することが重要です。
おわりに
子宮頸がんは罹患者数がとりわけ多い疾患というわけではありませんが、若年の働き盛りの世代が罹患・死亡することの社会的インパクトの観点から早めの対策には大きな価値があります。加入者のメリットがあることはもちろん、保険者としても将来的な医療費抑制に繋がります。
HPVワクチン・検診ともに副反応などのデメリットもありますが、科学的に有効性が示されており公衆衛生学的に推進することは大切です。もちろん、接種・受診の選択を行うのは加入者ですが、保険者の皆さまから判断に必要な情報や機会を提供することには大きな意義があります。
皆さんも積極的勧奨再開の審議が始まったのを機に、HPVワクチンや子宮頸がんについて考え行動してみませんか。