プレコンセプションケアとは|保険者として取り組む重要性
「プレコンセプションケア」とは、若い女性やカップルが長期的なライフプランを視野に、将来の妊娠や体の変化に備えて日々の健康と向き合うことを意味します。WHOが提唱するなど国際的に推奨されており、国内でも、2021年2月に閣議決定された基本方針が示されたものの認知度は低い状況です。
低出生体重児割合の増加による医療費の影響や、不妊治療の保険適用などの背景から、保険者においても妊娠前のケアに注目し始めるところもあるかと思いますが、なかなか対策が難しいというのが現状ではないでしょうか。
今回は、保険者における保健事業の一環としてプレコンセプションケアに取り組むことの重要性や、その先進事例について紹介します。
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プレコンセプションケアの目的と方法
WHOによるプレコンセプションケアの定義は「妊娠前の女性とカップルに医学的・行動学的・社会的な保健介入を行うこと」となっています。また、国立成育医療研究センターはプレコンセプションケアの目的を次のように整理しています。
- 若い世代の健康を増進し、より質の高い生活を実現してもらうこと
- 若い世代の男女が将来、より健康になること
- 1の実現によって、より健全な妊娠・出産のチャンスを増やし、次世代の子どもたちをより健康にすること
このように、直近で妊娠を希望する女性だけでなく、思春期以降のすべての女性が対象です。また、対象となる女性のパートナーや家族、さらに企業や保険者の担当者など関係者のサポートも不可欠となっています。
上記の目的達成に向けて求められるのは、健康リテラシーの向上と、健康増進に向けた行動です。具体的には、生活習慣の改善や、リスク因子の早期発見・早期治療のための各種健診・検診の受診、疾病予防のための予防接種、適切な医療機関の受診などが挙げられます。
国内の現状と背景──「成育基本法」との関連性
日本国内では、2018年12月に公布された「成育基本法」に基づき定められた「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」でプレコンセプションケアについて言及されているほか、「すべての子どもが健やかに育つ社会」の実現を目指す国民運動計画「健やか親子21」でも関連する内容が扱われています。
このように国内でプレコンセプションケアの重要性が増している背景にあるのが、リスクのある妊娠の増加です。
妊娠におけるリスク要因として挙げられるのは、やせ*1 や肥満、喫煙、持病(生活習慣病、慢性疾患)、高齢*2 など。これらに当てはまる女性が妊娠した場合、流産や早産、低出生体重児(2,500g未満)、先天異常などの発生頻度が高くなることが研究により明らかになっています。
やせや生活習慣、持病については対策が可能ですが、国立成育医療研究センター プレコンセプションケアセンター責任者の荒田尚子氏は医学的な見地から「妊娠に気づいてからのケアでは遅い」と指摘。
妊娠可能な年齢になった頃から常に自分の健康状態を把握し、リスクに対する早めのケアが欠かせないと主張します。
また、持病などによって妊娠が困難な女性も、プレコンセプションケアによって妊娠の可能性を模索できます。
さらに、晩婚化の影響などで不妊が増加している*3 ことや、仮に妊娠・出産する選択をしなかったとしても健康増進の意義があり、健康寿命の延伸につながるといった観点から、プレコンセプションケアの必要性が強く認識されているのです。
*1 厚生労働省「国民健康・栄養調査」によると、令和元(2019)年調査における20 歳代女性のやせの者の割合は20.7%と、5人に1人以上となっている。
*2 厚生労働省の人口動態統計特殊報告「出生に関する統計」によると、令和元(2019)年調査における第1子出生時での母親の平均年齢が 30.7歳。平成15(2003)年調査では第2子出生時における平均年齢が 30.7歳であったことから、16年前と比較して子ども1人分の差が生じている計算になる。
*3 第16回出生動向基本調査「結婚と出産に関する全国調査」(令和3(2021)年6月)によると、不妊の検査・治療を受けたことのある夫婦は22.7%と、2015年の前回調査の18.2%から増加している。
保険者や事業主が女性の健康に注力すべき理由
プレコンセプションケアは、その一翼を担う企業(事業主)や保険者にとっての直接的な意義もあります。
保険者にとっての意義
保険者がプレコンセプションケアによって期待できるもっとも大きな成果は、医療費の抑制です。
子宮頸がんや乳がんなど女性特有のがんのほか、低出生体重児の治療・入院など高額な医療費が発生するケースを防ぎやすくなると考えられます。また、女性加入者の生活習慣病予防にも直結します。
2024(令和6)年度からの第3期データヘルス計画では「保健事業の実施等に関する指針」「データヘルス計画策定の手引き」などに女性の健康に関する記述が追記される予定となっており、保険者がプレコンセプションケアを行う意義付けが制度面からも強化されると考えられます。
事業主にとっての意義
事業主の健康経営の観点では、特に「プレゼンティーズム(健康問題による出勤時の生産性低下)」「アブセンティーズム(健康問題による欠勤)」対策の中で女性の健康が注目されています。
例えば、2013年 に発表された「疾患・症状が仕事の生産性等に与える影響に関する調査」(健康日本21推進フォーラム)結果によると、男女合わせた調査であるにもかかわらず、仕事の生産性に影響する要因の第3位に月経不順・PMS(月経前症候群)がランクイン。
また、バイエル薬品株式会社 「日本人女性における月経随伴症状に起因する日常生活への負担と社会経済的負担に関する研究結果」(2011年)では、女性特有の月経随伴症状による労働損失が年間4,911億円に上ると試算されています。
これらのデータも根拠に、女性が心身共に健康に働ける環境の整備が、企業業績の向上に結びつくと考えられます。
【事例】コラボヘルスによるプレコンセプションケアの取り組み
保険者がプレコンセプションケアを始めとする女性の健康促進に取り組む方法には、次のようなものがあります。
- 婦人科検診の受診環境整備:婦人科検診を定期健診の項目に含む、検診費用を保険者または事業主が負担するなど。
- 相談窓口の設置:産業医や保健師、女性従業員、EAP(従業員支援)サービス事業者などによる対面、電話、メール窓口。
- 女性の健康課題に対する教育:セミナーや研修の実施、パンフレット配布など。健診・検診データに基づく企画も有効。
- その他:特定不妊治療補助、出産・育児と仕事の両立支援制度など。
いずれも保険者単独では難しい場合が多いため、事業主や産業医、保健師らと連携して試みたいところです。以下では、事業主とのコラボヘルスによって女性の健康を推進している先進事例を紹介します。
丸井健康保険組合 × 株式会社 丸井グループ
丸井グループでは、健康を大切にする企業風土から、健康管理は社員の仕事という考えに基づき、事業所×本社×ユニオン×健保が連携して健康づくりを推進しています。
特徴的なのは、2013年から新設された「ウェルネスリーダー」で、各事業所ごとに任命して健康づくりを推進しています。
「ウェルネスリーダー会議」では、女性特有の病気や女性の食事セミナーなど幅広いテーマで学びを得ながら、ウェルネスリーダーが主体となり、事業所ごとにセミナーやチラシを作成し、女性の健康事業を推進しています。
また、子宮頸がん検診の若年層を中心とした受診率向上のために、トライアルで2022年度はHPVセルフチェックを導入しています。
さらに、女性特有の健康課題の理解・浸透を図るため、女性の健康検定(メノポーズ協会)の受検費用全額補助により、社内での合格者は2022年7月時点で577名となり、より深い理解を促進し、女性特有の健康課題への対応を強化しています。
制度としては不妊治療の支援として、不妊治療休暇を最長2年としています。
大和証券グループ健康保険組合 × 株式会社大和証券グループ本社
大和証券グループ本社では、各ライフステージにおけるさまざまな女性の健康課題をサポートする仕組みを「Daiwa ELLE Plan」として体系的に整備。事業主の人事部と健康保険組合、総合健康開発センター(医務室)が連携して取り組んでいます。
中でも特徴的なのは「エル休暇」と呼ばれる制度で、月経や更年期の体調不良、不妊治療の際に休暇を性別を問わず取得できるようになっています。
そのほか、定期健診に子宮頸がん検診、乳がん検診を組み込むことで、2021年度の子宮頸がん検診受診率は75.6%、乳がん検診受診率は81.4%(女性被保険者全年齢対象)と受診率が向上しています。
総合健康開発センターによる「婦人科相談」窓口を設置したり、健康に関する研修やセミナーを実施したりと、さまざまなプログラムを展開。実施主体によって施策が縦割りになってしまうことなく、ひとつのプランの中で包括的なサポートを行っている点が重要です。
その結果、生産性の向上や不妊治療による離職の抑制、女性管理職の増加といった成果が出ていると報告されています。
まとめ
女性の加入者や将来生まれてくる子どもの健康のため、保険者としてもぜひ積極的に取り組みたいプレコンセプションケア。
女性従業員の多い企業や保険者はもちろん、女性の働き方や健康の課題を持つあらゆる組織にとって、今後ますます重要になると考えられます。事業主との協力体制のもと、データも有効に活用しながら、アプローチの在り方を検討したいところです。
弊社でも、昨年度厚労省の保健事業の共同化支援に関する補助事業(コンソーシアム)の「女性の健康対策事業の推進」の事務局を担いました。コンソーシアム内でプレコンセプションケアの重要性を専門家から学び、国立成育医療研究センターが作成したプレコンノートの活用方法についても議論しました。
データの利活用により、弊社としても有効な対策について検討して参ります。
参考情報
「プレコンセプションケア」をみんなの健康の新常識に _ スマート・ライフ・プロジェクト(厚生労働省 健康局 健康課)
厚生労働省研究班(国立成育医療研究センター荒田班)監修「プレコンノート」
「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」令和3年2月
第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査) 国立社会保障・人口問題研究所
「女性の健康対策事業の推進」令和4年度高齢者医療運営円滑化等補助金における「レセプト・健診情報等を活用したデータヘルスの推進事業(保健事業の共同化支援に関する補助事業)」
「現状の課題と今後の論点・対応策について 第2回 第3期データヘルス計画に向けた方針見直しのための検討会 事務局資料」 厚生労働省 保険局保険課
「平成27年度健康寿命延伸産業創出推進事業 健康経営に貢献するオフィス環境の調査事業 健康経営オフィスレポート 従業員がイキイキと働けるオフィス環境の普及に向けて」経済産業省
「バイエル薬品 日本人女性の月経随伴症状に関する研究結果を発表」QLifePro 医療ニュース
健康経営 _ 働きがいのある職場づくり _ 大和証券グループ本社
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