第3期は「保健事業の標準化」を意識して~「第3期データヘルス計画の実務的アプローチ〜東京大学古井教授が語る、健康保険組合のこれから」〜セミナーレポート
2023年8月24日に実施したJMDCセミナーでは、東京大学未来ビジョン研究センター データヘルス研究ユニット 古井祐司特任教授を講師に招き「第3期データヘルス計画の実務的アプローチ」と題して講演いただきました。第3期データヘルス計画の運用自体は第2期から大きな変更点はないものの、第2期とは異なる考え方も重要になってくると古井先生。その講演とトークセッションの様子を抜粋してお届けします。
(以下、括弧内の発言は古井先生)
古井 祐司 氏
東京大学未来ビジョン研究センターデータヘルス研究ユニット 特任教授/自治医科大学 客員教授
医学博士、専門は予防医学・保健医療政策。
30代で過疎地の「出前医療」に魅せられ、基礎医学から予防医学に転向。2015年から政府の経済財政諮問会議専門委員として骨太方針等の策定過程に関わり、政策と現場とのつながりや、実証研究の大切さを再認識する。
産学官連携のもと、持続可能な社会保障に関する研究、教育、政策提言に取り組み、第3期データヘルス計画に向けた方針見直しに関する検討会などの厚生労働省委員、次世代ヘルスケア産業協議会健康投資WGの経済産業省委員、自治体、保険者団体などでも委員を務めるなど、多方面で活躍。
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保健事業は「包括的委託」「ゆるやかな共同運営」がカギに
古井先生はこれからの保健事業で求められる考え方として「包括的委託」「ゆるやかな共同運営」の2点に言及。
「包括的委託」とは、単に委託スタッフの人数・稼働時間単位で業務委託したり、ツールを提供したりするのではなく、保健事業の企画から実践、評価までをビルトインした委託の在り方を指し、あくまで保健事業の目的の達成=健康課題の解決を重視しているのが特徴です。
また「ゆるやかな共同運営」とは、保健事業の共同実施より前段階の運営の在り方で「同じような健康課題に対して同じようなアプローチで保健事業を行う場合、複数の健保組合で意見交換し、外部専門家の意見を聞きながら実施する」イメージだといいます。
これにより、保健事業の実績比較、すなわち民間委託事業者のサービス比較や、健康課題に対する解決策のパターン化が可能になるとのことです。
「以上2点を踏まえた保健事業運営に取り組むためには、データヘルス計画の標準化が不可欠です」
第3期データヘルス計画の実務的アプローチ
続いて、データヘルス計画の標準化を視野に入れた具体的なデータヘルス計画の実務の在り方について、3つのプロセスに分けて解説されました。
1.評価指標の設定~アウトカム、アウトプットの考え方
古井先生より改めて評価指標「アウトカム」「アウトプット」の位置づけを整理。アウトカムは保健事業によって目指す健康課題の解決で「(特に健保組合がサポートするべき)働き盛り世代の視点」「(賛同を得るべき)事業主の視点」の2つの観点で設定するのがポイントだといいます。
そうしたアウトカムを達成するための具体的な手段や活動をアウトプット(特定健診・特定保健指導実施率など)で評価するイメージです。
このアウトカム、アウトプットを設定するにあたって押さえておくべきポイントは以下の2つとのことです。
ポイント1. 短期間で可視化できるものを設定
例えば、アウトカムでは共通の指標「メタボ該当率」だけで評価しようとすると短期間では特定保健指導の成果を計りにくいため、「特定保健指導の対象者減少率」「2ヶ月以上での生活習慣改善率」などを評価したほうがよいとのこと。
またアウトプットについては、異なるアプローチを行う場合はそれぞれに指標を設定したほうがよいといいます。
「『特定保健指導実施率』も健保単位だけでなく、被保険者と被扶養者の別、また事業所ごとにも評価できるように指標を設定するとよいでしょう」
ポイント2. 職場の特性に応じたアウトカムを設定
職場や職種それぞれの働き方によって健康課題が異なることから、それぞれに対してアウトカムを設定したほうが、特定保健指導の効果が出やすいといいます。
「スコアリングレポートで凹んでいるところをアウトカムとして設定するとわかりやすいと思います」
2.方法・体制の明文化~実施対象やフォロー手段まで具体化を
続いて、ポータルサイトにおける「実施方法(プロセス)」「実施体制(ストラクチャー)」の欄については、現場で行ってきた保健事業の工夫をできるだけ具体化・明文化して記入してほしいと仰られていました。
特定健診の受診率向上に向けた取り組みを例に挙げ、
「『健診で自身のリスクを認識してもらう』『健診機関と連携して受診を促す』といった表面的な記述ではなく、実施対象を選定する数値基準や加入者にフォローを行う手段(電話、オンラインなど)、委託先との役割分担まで具体化できるのが理想」
だとお話しされていました。
第3期データヘルス計画では、このように保健事業の方法・体制の明文化を進め、保健事業の標準化につなげることを重視しているとご説明いただきました。
「2023年から始まった『保健事業カルテ』もその一環となる取り組みで、どのような健康課題がある職場で、どのようなアプローチが効果的なのか、エビデンスや知見の収集を進めたく思っています」
3.保健事業の効果分析~保健事業の標準化で実績比較が可能に
最後のプロセス、保健事業の評価と効果分析についても、保健事業の標準化がカギになるとのこと。
「標準化が進めば、レセプトデータや健診データと保健事業の実施状況を掛け合わせて効果分析を行えるようになるほか、これまで健保によってバラバラに行われていた事業の効果比較が容易になる」
と強調されておりました。
マネジメント力を活かした保険者機能の発揮を
最後に古井先生は改めて「第3期データヘルス計画では健康課題の解決を重視してほしい」とまとめられていました。
さらに健康保険組合においては「マネジメント力を活かした保険者機能を発揮してほしい」と提案。保健事業の専門的な内容以上に、事業主との調整連携や、保健事業を委託する民間事業者との進捗管理などに注力するべきだと主張されました。
「健保職員の方はビジネスパーソンとしての感覚に優れており、厚生労働省、事業主、民間委託事業者それぞれの役割や加入者の実態をバランスよく捉えてマネジメントすることにとても長けていると感じます。
データヘルス計画の標準化によって、こうしたマネジメント力を活かした保険者機能をより発揮できるようになると考えますので、引き続き『データヘルスポータル・サイト』を活用し、第3期データヘルス計画に取り組んでいただきたいと思います」
トークセッション・質疑応答
後半のトークセッションでは、事前に参加者から寄せられたデータヘルス計画に関する質問について、古井先生に回答いただきました。
Q1.共通評価指標データがNDBより抽出されるようになりましたが、健保組合にはどう還元されるのでしょうか。
A.
古井先生:
多くの健保組合が共通の評価指標をデータヘルス計画の評価指標として設定することで実績の比較が容易になり、保健事業で効果を上げるためのノウハウを抽出できるようになります。
例えば、2年前に行った分析では、共通の評価指標を設定していた複数の健保組合の実績データを比較した結果、被扶養者の特定保健指導の実施率を向上させるためには健診機関の専門職による結果説明がプラスに働くことがわかりました。
このように抽出したノウハウを健保組合で共有できると考えます。
Q2.共通の評価指標をそのまま保健事業のアウトカム、アウトプットにしても問題ないでしょうか?
A.
古井先生:
問題ありません。ただし、できれば共通の評価指標に加え、健保ごと、職場ごとの働き方の特徴や健康課題に応じた独自指標をアウトカムに設定いただきたいです。
実態に即した評価指標を設定することで、保健事業で工夫すべきポイントがわかりやすくなります。
Q3.データ分析をしようがしまいが、健保組合が行う保健事業は変わらないのではないかと思ってしまいます。
A.
古井先生:
確かに「特定健診」「特定保健指導」といった事業メニューの枠組みだけ見て考えると、どの健保組合でもやることは同じだと思われるかもしれません。
しかし、業種・職種によって生活習慣が異なるため、効果的な保健事業を実施するにはデータによって職場の健康課題を明確にすることが大切です。たとえば、特定保健指導では、対象者の働き方や職場の健康課題を知っておくことで、初回面談で掘り下げて聞くべきことを考えたり、行動計画(目標設定)の作成にもヒントが得られます。
したがって、保健事業の企画・実施に当たっては、ぜひデータから見える健康課題をあらかじめ民間委託事業者に共有いただきたいです。それにより、同じ事業者が行う特定健診・保健指導であっても、より結果につながりやすい方法で実施できるようになると考えます。
おわりに
今回のセミナーでは、評価指標の基本的な考え方や設定のポイント、実施方法・体制をポータルサイトへ明文化する意義などについて、実務ベースでわかりやすく解説いただきました。
一見捉えどころのない「アウトカム」「アウトプット」「プロセス」「ストラクチャー」といった用語も、実感を持って理解できたと感じます。
こちらのレポートはダイジェストになっているため、より詳細な内容を知りたい方はぜひオンデマンドセミナーをご視聴ください。
最後になりますが、今回ご登壇いただいた古井先生には改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。