慢性腎臓病(CKD)とは【保険者が知っておきたい疾病】
概要
慢性腎臓病(CKD)とは、さまざまな要因で腎臓の機能が徐々に低下している状態の総称です。腎不全や心臓病といったより重大な疾患につながらないよう、積極的に予防に取り組むために提唱されるようになりました。日本では成人全体の8人に1人、80歳代では2人に1人がCKDに罹患しているとされており、新たな国民病ともいわれています。
具体的な腎臓の機能には次のようなものがあり、これらが低下した状態がCKDということになります。
<主な腎臓の機能>
- 血液をろ過し、余分な水分や酸、電解質(ナトリウム、カリウム、カルシウム、リンなど)、老廃物を尿として体外に排泄する
- 血液を作るホルモンを分泌して血圧のバランスを取ったり、貧血を防いだりする
- ビタミンDを活性化して骨を健康に保つ
診断時の基準は図1の通りです。またCKDの重症度は図2のように「原因(Cause)」「腎機能(GFR)」「タンパク尿(Alb(Albumin) )」の3つの観点から分類されます(CGA分類)。
図1:慢性腎臓病(CKD)の診断
下記のいずれか、または両方が3カ月以上続いている状態
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図2: 慢性腎臓病(CKD)の重症度分類(CGA分類)
日本腎臓学会編『CKD診療ガイド2012』より抜粋
*1 eGFRとは、血液検査でわかる「血清クレアチニン値」から腎臓のろ過機能(GFR)を推算した値を指します。クレアチニンとは、筋肉に含まれるタンパク質の老廃物のこと。健康な人であれば、クレアチニンは腎臓の「糸球体」と呼ばれるフィルターでろ過され、尿として排泄されますが、腎機能が低下していると血液中にクレアチニンが溜まるようになります。
症状
初期にはほとんど自覚症状がありません。以下のような症状が現れたときには病気がかなり進行している可能性があります。
<主な症状>
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原因・リスク因子
CKDのうち、特に慢性的な人工透析*2が必要な状態まで至る場合の直接的な原因として知られているのは、主に糖尿病、慢性腎炎、高血圧です。このほか、加齢や脂質異常、肥満、遺伝的な要因、過去に腎炎に罹患した経験、薬剤など、非常に多くの要素が複合的に影響し、腎機能の低下をもたらすとされています。
これらを見るとわかるように、CKDは生活習慣病との関わりが深く、不適切な食生活や運動不足、過度な飲酒、喫煙、ストレスといった生活習慣病の原因がCKDのリスク因子にもなるといえるでしょう。
*2 自身の腎臓に代わり、人工的に血液を浄化する治療。血液を体外循環させる機械(ダイアライザー)を使った「血液透析」と、自身の体内にある腹膜に透析液を注入して行う「腹膜透析」があります。血液透析は主に外来で、腹膜透析は主に自宅で行われます。現在、国内では透析患者の97%が血液透析を受けています。
影響
CKDは不可逆的な症状であり、一度陥ると腎機能を元に戻すことはできません。CKDが進行して末期腎不全になると、尿毒症(吐き気、栄養不良など)や高カリウム血症(手足や唇のしびれ、不整脈など)の症状も表れるようになります。
治療では、人工透析や腎移植が必要に。外来で透析を行う場合は1回およそ4時間、週3回程度通院しなければならず、さらに腎移植を受けない限り生涯にわたって透析を続けなければならないため、患者にとっては大幅なQOL低下につながります。
さらにCKDは心筋梗塞や脳卒中など深刻な循環器疾患を引き起こしやすいとも指摘されています。
治療
先述の通り、現在の医療ではCKDに罹患する前の状態に戻すことはできないため、末期腎不全に至らないよう、病気の進行を遅らせる治療を行います。
具体的には生活習慣の改善、食事療法、薬物療法の3つを組み合わせて実施します。
生活習慣の改善
規則正しい食事、肥満・運動不足の解消、禁煙、節酒といった生活習慣の改善がCKDの基本的な治療です。
食事療法
医師や管理栄養士のもと、低塩分食やタンパク食*3 、カリウム・リンの制限などの食事療法を行います。
*3 タンパク質の摂取量が多いと老廃物が増え、腎臓に負担がかかるため。
薬物療法
糖尿病や高血圧、脂質異常症など、CKDの原因となっている病気の治療を行います。またCKDが進行して高カリウム血症や高リン血症、尿毒症、貧血などの症状が表れている場合は、これらに対する治療も行われます。
医療費・社会的な影響
厚生労働省 健康局 がん・疾病対策課「腎疾患対策の取組について」(第1回腎疾患対策及び糖尿病対策の推進に関する検討会資料)より抜粋
CKDは患者本人のQOLに加え、治療にかかる医療費の観点からも注目されています。広島大学の研究では、CKDに罹患した人はそうでない人と比較して、1人当たり年間2.7~18.7万円医療費が増加していると判明*4。さらに人工透析が必要な末期腎不全になると、外来血液透析では1人当たり月額約40万円、年間約500万円前後もの医療費が生涯にわたってかかり続けるとされています。CKDは高額長期疾病(特定疾病)の対象となっているため、例えば人工透析に月40万円かかった患者がいる場合、保険者はそのうち39万円を負担することになります*5。
2022年末時点で国内の慢性透析患者数は34万人を超えており、その社会的インパクトから国も「健康寿命延伸プラン」(2019年策定)で「慢性腎臓病診療連携体制の全国展開」を掲げるなど、CKDを対策すべき重要な疾病として位置づけています。
*4 広島大学大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学の迫井 直深氏らの研究グループによる(2024年1月)。
*5 「高額長期疾病(特定疾病)に係る高額療養費の特例」により、著しく高額な治療がほぼ一生にわたって必要な疾病にかかった患者に対しては、自己負担の上限が1万円(所得が一定以上の場合は2万円)となっています。なお、この自己負担分は国や自治体の制度で助成を受けられる場合があります。
保健事業による対策の考え方
CKDの予防・重症化予防では、健診によるリスクや疾患の早期発見、そして適切な予防と早期の治療がポイントです。保健事業で行える主な施策には以下があります。
施策例1:特定健診実施率向上に向けた取り組み
初期では自覚症状のないCKDを早期発見するためには、定期的に健診を受け、尿タンパクやクレアチニンなどの数値から腎機能の状態を定期的に把握しておくことが不可欠です。新潟大学による研究では、特定健診の実施率が高い都道府県はCKDの有病率、透析導入率ともに低い傾向にあるという分析結果も発表されています*5。
健康保険組合など被用者保険の場合は、特に被扶養者の受診率向上がカギになるでしょう。
例)
- 受診勧奨の強化(ハガキ+電話)
- 巡回健診や施設健診など多様な受診機会の提供
- 健診の受診によるインセンティブポイントの付与 など
*5 新潟大学大学院医歯学総合研究科臓器連関学講座の若杉三奈子特任准教授らの研究による(2023年10月)。
施策例2:家庭血圧測定を促進する取り組み
CKDの原因のひとつである高血圧の予防を促進するため、加入者に家庭血圧を自己管理する習慣づけをしてもらう取り組みも効果的です。
例)
- 血圧計の配布(主にハイリスク者を対象)
- 家庭血圧測定イベントを実施し、参加者にインセンティブポイントを付与 など
施策例3:個別通知による啓発、受診勧奨
ハイリスク者に個別通知を送付して、医療機関の受診など適切な治療を促す施策です。例えば、健診データとレセプトデータをもとに、健診結果でCKDのリスクが判明しているにもかかわらず、医療機関を受診していない加入者を抽出してピンポイントに送付する取り組みなどが行われています。本人の実績データに基づいた記載内容で加入者が問題を自分事化しやすくしたり、グラフや図を活用して現状をわかりやすく伝えたりする工夫が重要です。
施策例4:重症化予防プログラムの提供
ハイリスク者を対象に医療機関の受診や生活習慣(食事、運動など)に関する個別指導を実施する事業です。数カ月〜1年程度にわたり、看護師や保健師などが対面やオンライン面談、電話などを通じて、加入者一人ひとりの状況に基づいたアドバイスを行います。
まとめ
- 慢性腎臓病(CKD)とは、高血圧や糖尿病などさまざまな要因で腎臓の機能が徐々に低下している状態の総称。
- 人工透析が必要な末期腎不全に陥るとQOLが著しく低下する。また心筋梗塞、脳卒中といった深刻な循環器疾患につながる恐れがある。
- 外来血液透析を受ける場合は1人当たり月額約40万円、年間約600万円もの医療費が生涯にわたってかかり続ける。
- 保健事業による予防・重症化予防対策としては、特定健診の受診率向上、ハイリスク者への個別通知、重症化予防プログラムの提供などが有効。
(参考情報)
日本腎臓学会ほか「腎不全 治療選択とその実際」2023年度版
腎臓病について _ 一般社団法人 全国腎臓病協議会(全腎協)
慢性腎臓病|病気について|循環器病について知る|患者の皆様へ|国立循環器病研究センター 病院
慢性腎臓病 - 05. 腎臓と尿路の病気 - MSDマニュアル家庭版
わが国の慢性透析療法の現況(2022 年 12 月 31 日現在)透析会誌 56(12):473~536,2023
厚生労働省 健康局 がん・疾病対策課「腎疾患対策の取組について」(第1回腎疾患対策及び糖尿病対策の推進に関する検討会資料)
【研究成果】早期の慢性腎臓病は1人あたり年間2.7~18.7万円の医療費増加と関連 _ 広島大学
特定健診実施率の高い都道府県は透析導入率が低い-特定健診実施率を高めることで都道府県差を小さくできる可能性- _ 研究成果 _ ニュース - 新潟大学