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これからの時代は「物言う保険者」が必要に|保健事業とコラボヘルスの在り方を福田吉治教授に聞く

「漫然と前例を踏襲するのではなく、費用対効果の高い保健事業を」「そのために強力なコラボヘルスの推進を」——。

少子高齢化の深刻化と医療費の増大で、社会保険制度の維持に対する危機感が高まる中、保険者に求められる保健事業の水準はますます高くなっています。一方、現場に目を向けると、保健事業で成果を出す難しさや、事業主とのコミュニケーションで直面する壁に、日々頭を悩ませているのが実情です。

理想と現実のギャップにどう向き合い、立ち向かっていけばよいのでしょうか。
産業医、また保険者のアドバイザーとしても活躍する公衆衛生学・社会疫学の第一人者、帝京大学大学院の福田吉治教授に、元健保組合の保健師であるJMDCの浦元がお話を伺いました。

※本記事は2026年8月に実施したインタビューの内容をもとに構成しています。 


プロフィール


「2cm・2kg」はゴールじゃない 「物言う保険者」の出発点は、指標・目標の整理から

2024年度に開始した第4期特定保健指導では、「腹囲2cm・体重2kg減」を主要達成目標とするアウトカム評価が導入されました。この目標を、保険者はどのように受け止めればよいのでしょうか。福田教授は、まず「指標」と「目標」の役割を整理しましょうと話します。 

 

浦元:——私自身、健保で保健師をしていた頃、特定保健指導の成果が、個別に見ると出ている人もいますが、平均でみるとなかなか成果が見えず、何を目標にすればいいのか悩んだ経験があります。そもそも保健事業の成果をどのように評価すべきか、その上でどのように目標設定すべきか悩む保険者は少なくありません。
目前に迫る第3期データヘルス計画の中間見直しを、どのような視点で進めるとよいでしょうか。

 

 

福田教授:前提として、成果指標や目標設定の考え方を整理しましょう。まず、中長期的な目標と短期的な目標を分けること。特定保健指導でいえば、「メタボ該当者の減少」といった遠い目標を設定してしまうと、成果が出にくく、評価が難しくなります。まずKPIに設定すべきは、特定保健指導の実施率向上です。

さらに、目指すべきゴールに関わる指標と、保健事業の精度を管理する指標も使い分けなければいけない。例えば、近年新たに特定保健指導のアウトカム評価指標として導入された「腹囲2cm・体重2kg減」の該当者の人数や割合は、その保健指導が効果的に運用されているかどうかをチェックするための精度管理指標です。この値をゴールに設定するのではなく、あくまで保健指導の内容や運用の改善につなげるためのものとしてとらえたほうがよいでしょう。

わかりやすい例が、自治体のがん検診です。自治体は決してがんの死亡率減少をKPIに事業を実施しているわけではなく、まずは受診率向上を目指していますよね。さらに精度管理指標として、要精検率などを見ているわけです。

編集部注
厚生労働省でも、がん検診の事業評価では、受診率や要精検率などのプロセス指標・精度管理指標による評価を行い、その積み重ねによって最終的なアウトカムである死亡率減少を目指す考え方が示されています。

出典:厚生労働省『職域におけるがん検診に関するマニュアル』(平成30年3月)p.8「(参考)がん検診の事業評価について」


保健事業の成果につなげる「中長期の視点」と「コラボヘルス」

浦元:——では、そのうえで特定保健指導や重症化予防プログラムをはじめとする保健事業を成果につなげるためにはどのような戦略が有効でしょうか。

 

福田教授:大きく分けて2つあると考えます。1つ目は、中長期的な視点で取り組むこと。
成果を急ぎすぎると、特定保健指導などの対象者に無理をさせてしまいかねません。特に健康保険組合などの職域保険は、保険者が対象者と継続的に関わっていけるのが強みです。仮にその年度の特定保健指導で成果が出なくても、また来年度、再来年度と参加してもらい、少しずつ改善できればいい。重症化予防事業への反応がなくても、いつか意識が変わって参加してくれる可能性もある。粘り強いアプローチの継続が大切です。

2つ目は、事業主との連携の強化です。
例えば、特定健診・特定保健指導を安易に外部事業者へ委託するのではなく、事業主と連携して、産業医等による活動と一体的に展開する。重症化予防についても、健康状態によっては就業制限が生じる旨を事業主とともに対象者へ伝えていく。こうした本格的なコラボヘルスを推進できれば、成果にもつながりやすくなります。


コラボヘルスの第一歩は「事業主と認識をすり合わせること」

編集部注:福田教授が指摘するように、コラボヘルスでは「保険者と事業主が互いの役割を理解し、連携すること」が重要です。厚生労働省でも、保険者と事業主が役割分担のもとで連携し、加入者の健康づくりを進めることを基本的な考え方として示しています。

出典:厚生労働省「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」(図8「保健事業における保険者・事業主連携モデル」)

 

浦元:——コラボヘルス体制の構築に悩む保険者は多いと思います。事業主とうまく連携するためのアドバイスをいただけないでしょうか。

 

福田教授:連携がうまくいかないケースの多くは、事業主が保険者の保健事業を、また保険者が事業主の産業保健を互いに理解していない点に原因があると思います。そのせいで重複した施策を別々に展開してしまい、結果として非効率的になったり、十分な効果につながりにくくなったりすことがあります。事業主側の健診の事後措置と、保険者の特定保健指導・受診勧奨の重複がその一例ですよね。

解決に向けた一案として、事業主側の衛生委員会に、保険者の保健事業担当者がオブザーバー参加する方法は効果的だと思います。産業保健の現場の実態を把握でき、協力もしやすくなるでしょう。さらに理想をいえば、事業主と保険者の双方に所属するコーディネーター役を置ければ、連携がよりスムーズになります。実際、コーディネーター役が事業主の業務と保険者の業務を兼務したり、定期的な人事異動をしたりすることにより、一体となった事業推進をしている事例が複数あります。

編集部注

厚生労働省の「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」では、保険者と事業主が毎月の連絡会で情報共有や議論を行う事例や、事業所の役員・責任者・産業医が健康保険組合の役職を兼務し、定例会や意見交換の場を設ける事例が紹介されています。 

出典:厚生労働省「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」第4章コラボヘルスの実践事例 

 

浦元:——事業主、特に経営層とコミュニケーションを取るうえでのポイントもお伺いしたいです。やはり、データを共通言語として活用するのが有効でしょうか。

 

福田教授:コミュニケーションを取る背景、言い換えればコラボヘルスのフェーズやシーンによって戦略は変わってくると思います。データありきでコミュニケーションしようとすると、うまくいかないケースも少なくありません。

コラボヘルスをこれから進めていこうという段階、あるいはうまく進展しないという場合には、まず対話を通じて、互いの課題や目指すゴール、それに対して相手に何を求めているかの認識をすり合わせたほうがよいでしょう。その上で、データ活用の在り方を議論すること。前提となる認識や温度感のズレがある状態で、保険者がデータありきのコミュニケーションを取ろうとしても、反発を招いたり、話が平行線になったりするだけです。

データは、相手が何を望んでいるかを踏まえたうえで、そのゴールを実現する手段として使います。一方で、経営層を説得する必要がある場面では、データ分析から入ることもあります。状況に応じて使い分けます。

また、いきなり踏み込んだコミュニケーションを取ろうとするのではなく、事業主側の経営層と保険者側の専門職が常日頃から交流し、土台を作っておくのも大切です。事業主側のキーパーソンでもある産業医と連携しておくと、そうしたコミュニケーションを取るきっかけも作りやすいと思います。


強い保険者が持続可能な社会保険制度を支える

浦元:——保険者がコラボヘルスを推進する大きな理由のひとつが、発言力だと思います。保険者から加入者へ直接、さまざまな施策への参加を働きかけても、なかなか振り向いてもらえないのが実態です。さらに、コラボヘルス推進に向けて事業主に働きかけても、保険者の意見を優先的に聞き入れてもらえないという場合があります。

 

福田教授:これまでの保険者は、おとなしすぎたのかもしれませんね。
しかし、これからの時代には、保険者はもっと強い立場で加入者や事業者に働きかける、「物言う保険者」になることが求められるようになると私は考えています。保険者にだって保険者の事情があります。一部の加入者の健康状態が悪化して医療費が増えれば、財政に影響し、保険料負担が増える可能性もあるなど、加入者全員のデメリットにつながる。民間の生命保険会社がごく一般的に主張していることです。また、こうしたデメリットを避けるために、事業主にも協力してもらう必要がある。それを訴えたっていいわけです。

これまではそうした「物言う保険者」は受け入れられにくかったかもしれませんが、団塊の世代がすべて後期高齢者となる2025年を経て、現役世代の負担が厳しさを増す中、今後はむしろそういった役割が求められるようになっていくと思います。

 

浦元:——ここまで、保険者がもっと強い立場で発信していく必要があるというお話を伺ってきました。「物言う保険者」として一歩踏み出すためには、何が必要でしょうか。

 

 

福田教授:保健事業やコラボヘルスに対するポリシーと、事業を自ら企画・実施・評価・改善できる専門職、事業を推進するキーパーソンが欠かせないでしょう。その専門職は産業保健や健康保険の知識を持っていなければなりません。さらに、状況を把握して説明するための分析データと、事業主や産業医と日頃から対話できる関係性も必要です。そして専門職の配置や育成など、保健事業に有効に使うお金も必要になります。もちろん、なかなかすべてはそろいません。どこから始めなければいけないというものはなく、今できることから、日々学び、体制をつくりながら、取り組んでほしいと思います。

 

福田教授は、「すべてを一度にそろえる必要はない。今できることから始めてほしい」と話します。そこで編集部では、「物言う保険者」として一歩踏み出すためのポイントを6つに整理しました。


「物言う保険者」になるための6つのポイント

 条件 内容 
 1. 方針(ポリシー)
  •  保険者として何を目指し、事業主に何を求めるのか
  • 一部の加入者の健康悪化や医療費の増加が、加入者全員の不利益にならないようにするための明確な方針
 2. 知識・技術・経験
  • 社会保険制度、疫学データ、産業保健(安衛法など)の体系的な理解
 3. データ分析
  • 状況を客観的に把握し、事業主側の経営層・人事担当者へ説明するための根拠
 4. 人(専門職・キーパーソン)
  • 事業主・産業医と保険者の役割をコーディネートするリーダー、健康課題とその解決策の仮説検証を自ら行える専門職
 5. コミュニケーション・関係性
  • 事業主(経営者、人事担当者)や産業医等と日常的に対話できる信頼関係
 6. お金(財源の適切な活用)
  • 専門職の配置・育成など、保健事業への有効な投資

 

中間見直しに向けて、 自組合の現状と照らし合わせながら、保健事業やコラボヘルスの在り方を改めて考えてみてはいかがでしょうか。


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